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教科書とツナサンドの間から戻って参りました
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「ヒーローっていいよな」
「はぁ?」

それは、午後四時のファーストフード店でノートにこぼしたコーラのシミを眺めながら言うには唐突過ぎる台詞だった。
こいつと二人で壁際の席に座ったのが十五分前、こいつが紙コップのコーラを英語のノートにぶちまけたのが二分前、それからこの意味不明な発言。
あまりの呑気さに、私は呆れて溜め息をついた。もし私のノートにも被害が及んでいたら、一発くらい殴っていたかもしれない。

「……下らないこと言ってる場合じゃないでしょ。どうすんの、その使いものにならないノート」
「やっちまったもんは仕方ない。潔く諦めるのが男だ」
「テストを諦める潔さなんていりません」

褒められない自信を振りかざすこいつを無視して、びしょ濡れになったノートをなんとかならないかと取り上げてみる。落書きに埋もれる中に辛うじて書いてある板書の写しは、甘い匂いのする黒と溶けた水性インクの青でまだらになっていた。

「あー、だめ。完璧に再起不能ね」
「どうせ落書きしかないけどな」
「それでも一応要点は書いてあったじゃない。というか私が書かせたんだけど」

例のごとく居眠りしてるこいつを叩き起こしてノートをとらせるの、結構大変だったのに。
恨みを込めた視線を送ると、こいつはわざとらしくメガネを押し上げた。バカのくせにやたらその仕草が似合うのが腹立たしい。……そういうの偏見だって分かってるけど。

「しょうがないな、とりあえず私の写しときなよ」
「ああ、でも面倒だしいいや」
「いいから写しなさい。提出のときどうするつもりよ」

鞄から私のノート(板書は勿論、先生の話すちょっとした豆知識まで網羅した自信作)を出して渡すと、こいつはしぶしぶそれをルーズリーフに書き写しだす。面倒なのは分かるけど、せめてアンダーラインくらい色ペンを使いなさい。

「……でもやっぱさあ、ヒーローっていいよな」

あー、とか、かったるい、とか呻きながらも大人しく作業を続けていると思ったらもう飽きたらしく、またこいつは訳の分からない話を蒸し返してきた。シャーペンを器用にくるくる回し、視線はどこか空を見ている。私は銀色の人工衛星みたいに回るシャーペンから目を逸らして、テキストの英文に集中した。

「……俺の話聞いてる?」
「聞いてない」

コンマ二秒で即答した。
あいにく私は英語の問題で手一杯で、下らない話に付き合う暇はない。しかし冷たい反応にも構わず、こいつの子供じみた理想論は尚も語り続けられた。

「いいじゃんヒーロー。強くて格好いい正義の味方」
「悪いけど、筋肉バカは嫌いよ」
「バカでもさ、周りの人が守れる奴って格好いいと思う」

いつも怠そうでへらへらしている声が、その時はほんの少しだけ真面目、な気がした。私はテキストに並ぶ英文の連なりに目を滑らせた後、顔を上げた。

「それに、ヒーローなら学歴関係ないしなー」

……ああ、きりっとした真面目な顔なんて期待しなければ良かった。そこにあるのはいつもと変わらないのんびりとした表情──そう、気の抜けたコーラみたいな。

「そんなにヒーローになりたいなら、私のヒーローになりなさいよ」
「なに、大胆発言?」
「そーね。まずは私と同じ大学に行って貰おうかな。だからしっかり勉強しなさいよ」
「……まあ、努力はしてみる。明日から」
「今やりなさい」

テキストをずいと突き付けると、反発しあう磁石のように仰け反る体。どれだけ勉強を拒否しているのやら。
なんて先行き不安、そして見捨てきれない自分に呆れる。本日二回目の溜め息を吐きながら机の上に目を向けると、コーラに沈んだ仮定法が笑っていた。
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